すべてはここから。
「フジ設計工務有限会社」を設立。
徳島市吉野本町一丁目 ビルの一角にて、
橋梁設計の下請会社として3名からスタート。
昭和52年、測量業登録
郁夫氏が創業前に5年間務めた会社で受けた幹部研修での出来事が、会社を興すきっかけとなる。
幹部研修の修了試験の問いは「あなたの会社で作っているものは何ですか?」というひと言だった。
それに対して、郁夫氏は少し考えてから自分の名前を書いた。
仕事の中で作るものは構造物でもなく、設計図でもなく、製品でもなく、「自分自身」。
この考えがストンっと腑に落ちたと同時に、今の自分は「自分らしい自分」だろうか。自問自答した。
「創造的で自由にチャレンジできる環境の中で仕事に励み、仕事の中で『自分』をつくりたい―。自分の可能性を広げることができる会社をつくりたい―。」
働くなかでこの想いが次第に大きくなり、それから数年後に独立を決意。
創業時の想いが、後に経営理念となる「仕事を学びの場として、思いを込めた作品(自分)を創ります」として刻まれる。
起業を決意後、大学時代の恩師・沖津工学部長を訪問した。
そこで、会社の創立を報告すると先生は、
「江﨑くん、成功してくださいね」と迎えてくれた。
それに対して「成功の定義にもいろいろありますから…」と答えると先生は、
「私の言う成功とは、楽しく明るい会社を創ることですよ」
と笑って激励してくれた。
この沖津工学部長の教えから、社員が楽しく活き活きと働ける会社をつくることを心に誓った。
経営理念に掲げる行動指針のひとつ、
「私たちは、お客様や周りのことを先に考え、心をこめて行動します」
この理念には、当社が昔から仕事の中でお客様に向き合う真摯な姿勢や、相手へのお役立ちを考えた心配りを凝縮している。
それを象徴するエピソードのひとつが、初の局長表彰を収めたGPSによる那賀川距離座標測量業務。
本業務では、那賀川の約18キロに及ぶ広域の距離標の座標化を行うため、徳島では初めてGPS(現在はGNSS)を使用した基準点測量だった。
成果として求められたのは距離標の座標のみだったが、今後の役に立つように、より正確な標高を求めるためのジオイド高の推定も行い、成果と合わせて提出した。
現在は国土地理院が日本のジオイド高の推定(ジオイド・モデル)をフリーで提供しているが、当時はジオイド高を推定するためのデータ収集が行われていなかった時代。
より正確な標高を活用してもらえるように、お客様のことを考え、ほんの少しのサービスの気持ちで追加した。
また、成果には章項目ごとの目次を付け、通常の成果に加えて必要最低限の内容に特化した「概要版」まで作成した。
どちらもお客様が「見やすいように」「分かりやすいように」と、相手の目線に立った少しの工夫と心配り。
求められる成果を正確に期日内に提出するのは当たり前。
その「当たり前」に、「花一輪」の小さな心遣いを添えてお客様に尽くすこと。
これが、フジみらいの揺らがない信念だ。
平成18年6月「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」が制定されたことにより、発注者支援業務が誕生。
行政が自ら実施する公共サービスに関して、民間でできることは民間に委ねるという施策に基づく。
技術者としてのコア部分を追求し、地元に精通した「技術屋」として当社技術員の活躍の場が拡大。
社員みんなから「新社名案」を募り、社員による投票で決まった社名。
お客様から「フジさん」と長く親しまれた愛称の「フジ」と、未来に向かう挑戦・希望・優しさを意味する「みらい」を合わせ、設計やコンサルタントという業種をあえて連想させない「フジみらい」と命名。